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yuuの一人芝居

yuuの一人芝居

戯曲 となり・・・芸文館公演

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  現代の戯画の一ページとして・・・。

  人間にとって愛とはなにか?



              原作・今田 東「となり」

   となり                  脚色・吉馴 悠



         登場人物 この稿の後に記す。

         時    現代のある空間

         場所   現代のあるところ



         情景 高台にある新興住宅地の中の二軒家屋。上手に
逢沢の家、キッチンと書斎が見える。大学の講師らしく書物と研究の道具、例えばカセット、日本の地図、筆記用具、特に民話の研究書が多く見える。
また、児童文学の類の書物が多くある。
座卓と腰掛け机が是非とも必要である。
下手に隣の家があると言う設定を忘れないこと。隣との間に僅かの庭があり垣根で仕切っていること。

開幕すると、逢沢の家には誰も居らずに、隣の改装、改装のペンキ屋が賑やかに仕事唔してをしている。金槌の音、電気鋸の音、大工道具の使う音がしているということ。
ペンキをつけた職人が出入りしている。
この人夫、職人は音と共に動き一人づつ消えて、以下の登場人物に変わらなくてはならない。



                        暗転



         隣に引っ越しの荷がとどき、賑やかな様子が音と人の声で観客に報せる。

         逢沢の家では逢沢雄三と妻の育子が登場している。逢沢は書斎で書き物をしているが、隣

         の気配が気になるらしく時折視線を外す。

         育子はキッチンで食事の支度をしながら気も漫ろである。



         「ゆっくりと運べよ」「こんなにえらいのなら 時給千円じゃ安いよ」「奥さんこの辺りでいい   

         でしょうか」「ペンキが未だ乾いてないですね」「これはいい買物ですょ、陽当たりはいいし  

         此処からの眺めはいいし、岡山にも倉敷にも十五分の距離ですし」

         「皆さんご苦労さま、冷たい物でも如何かしらよろしかったらどうぞ、手を休めては如何で 

         しょう」

         「そうしてください・・・」

         逢沢家の二人はその声にいちいち反応している。育子が書斎に入って来て、



育子  今日のような日を引っ越し日和りと言うのね。

逢沢  何だか楽しそうだね。

育子  それは、明日から、いいえ今日から淋しくなくなるわ。

逢沢  淋しくはなくなるだろうが、煩わしくなるぞ。

育子  なんと言ったって、隣のご老人夫婦が引っ越されて五年、それはからは淋しく、不用心でしたもの。

逢沢  あれからそんなになるのかな・・・。

育子  バブルが弾けてこの高台には家を建てる人がいなくなり、お隣と私達の家・・・、お隣が引っ越されて

    からは・・・。家があっても人が住んでいないって事がどれほど不気味な物か、あなたも感じていたでし

    ょうに。

逢沢  良い人であるといいね。

育子  誰だっていいのよ、人が住んでくれれば・・・。

逢沢  そんなに・・・。なんべんも引っ越してマンションに入ろうと言ったんだょ。そう弱音を吐くたびに・・・

育子  だって、コンクリートの囲いの中だなんて、動物園じゃああるまいし・・・。まるでモルモットじゃああり

     ませんか・・・。

逢沢  おいおい、そこまで言っちゃあ、マンションの住人に申し訳ないだろうが。

育子  マンションに入るくらいなら母の家にと言ったのにあなたが嫌がって・・・。

逢沢  私は此処からの景色が好きなのだょ。二号線を走る車、その背景に緑の木立、お日さまが昇り、夕

     日に染まる雲・・・この眺望はここならではのもの・・・

育子  そうでしょうとも母の家ではそうはいきませんわょ。東と西に大きな道がついてのべつまくなしに車の

     音。でも、あの家に年寄り一人をおいておくことは出来ないからと・・・。

逢沢  だからって、今更此処を売ってと言ってもただ同然だし、お母さんの所もそろそろ都市計画のために

     取られるって言うことだし・・・

育子  だからと言って・・・私のことも考えてくださっても・・年寄り一人をほったらかしてと世間が・・・

逢沢  だからここえ来て貰えばいいのだ。

育子  何遍もその件については話し合ったけれど埒が明かなかったわ。

    でも、今日から・・・ああなんだか心が浮き浮きするわ。鳥とか、風、雨の音に声をかけるのって、人が

    見ていたら頭がどうかしているのかって・・・。お隣の奥様と井戸端会議が出来るかしら・・・。



          育子が隣の様子を眺めた。



逢沢  おいおい、あまり眺めては失礼になるぞ。

育子  だって、気になるんですもの。

逢沢  本当に良い人であるといいね。

育子  ・・・引っ越し蕎でも・・・

逢沢  持って行くのかい?

育子  いいえ、引っ越し蕎を貰って食べた経験がないから・・・                          

逢沢  蕎・・・そう言えば出雲で食べた蕎はおいしかったな。

育子  いいえ、香川の満濃池の畔でお婆さんが打ってくれた饂飩は素朴と人情と忍耐を混ぜ合わせたよう

     な味がしましたわ    。

逢沢  あの時、私は昔話、民話伝説を集めていたというのに、お前さんは饂飩を・・・

育子  出雲の時は私が・・・

逢沢  お前さんは最近食物に執着しだしたのかな。

育子  いいえ、それはあなたでしょう。



         「色々とお世話になりました」

         「今度何かで埋合わせをするから」

         「そんな、何の役に立たずに申し訳ありません。ですが、金がかかっているだけのことはあり

         ますね、さぞかし良い音が・・・」

         「ハァ、ハ、ハ・・・今度聴きに来て下さい」の隣のやり取りがする。



逢沢  済んだらしいね。

育子  お隣も子供がいないみたい・・・

逢沢  じろじろと見たのかい。

育子  いいえ、子供に必要なものがなにもなかったのですもの。                         

逢沢  それ!見たのだ。

育子  何とでもおっしゃい。

逢沢  そう言ってすぐ剥れる・・・歳かな・・・

育子  歳と言えば、ご主人若いのに頭が少し禿げていて・・・(含み笑い)

逢沢  おいおい、表現を、言葉を選ばなくては・・・

育子  例えば・・・

逢沢  例えば、髪が薄くなったとか・・・

育子  例えば、額が広いとか・・・

逢沢  例えば、頭が擦り切れているとか・・・。なんだか、楽しそうだね。

    (逢沢が立って隣を覗く)

育子  そんなに・・・失礼ですよ。

逢沢  少し興味が・・・

育子  常識をお持ちならご挨拶にこられるわ。きっと・・・

逢沢  常識って言葉、大学でも通用しなくなったと嘆いていた。常識が薄められて非常識が増えたって就職

    担当の職員が言っていた。

    「常識」と言う字の意味を先生は教えているのでしょうなって・・・言われたよ。

育子  私なんか、最初からそんな漢字を使って書きませんからね・・・

逢沢  これは、大学の教育の問題ではなく、親が、子が読む児童文学の問題だ・・・

育子  チョツト待ってよ。じぁー何ですか、常識という言葉を使わなかった私に責任があるというのですか?

逢沢  ああ、ないとも言えないぞ、繰り返し繰り返し使っていればたとえ最初は分からなくても・・・

育子  あなたという人はそんな人だったのですか?

逢沢  入社式に携帯電話の電源を切るのを忘れピーピーとならす奴とか、茶髪で出社しそれを注意すると

    、部長が白髪を染めるのはいいのですかーと・・・

育子  それいいわ・・・今度何かに使おうかしら。

    そう言えばお隣の奥様髪をメッシュにしていたわ。

逢沢  メッシュ、なんだい、それ・・・

育子  髪を色々の色で染める・・・

逢沢  ああ、あれをそう言うのかい。

育子  こんなに沢山話したのはこの十年間であったかしら・・・                          

逢沢  そうだなー、私はお爺さんお婆さんが語る話を集めて、それを持って帰り、カセットを聴き乍ら原稿

    用紙に興し・・・なかったなぁー・・・

育子  何時も何時も私は童話の原稿の手直し・・・

逢沢  これもお隣の・・・

育子  何か呑みますか?

逢沢  お前さんが作った手料理をイタリア料理かフランス料理に見立てソムリエに成った気分でワインを選

    んで・・・

育子  そんな気分なのよ、この私も・・・

逢沢  今日はいい日だ・・・

育子  ええ。今日のような日は少し弾んだチャイコフスキーのバックグランドミュージックに合わせて・・・

    それとも踊りましょうか?

逢沢  なん年振りだろう。

育子  何年・・・いいえ十五年です。

逢沢  そうか、もうそんなに・・・覚えているのか?

育子  なんでしたら何年何月何日の何時と言いましょうか?

逢沢  いいよ・・・何方かが覚えていたら・・・。

育子  あれは・・・吉備大國に就いての研究会の時に・・・

逢沢  隣どうしになって・・・

育子  まだ私が小学校の教諭をしていた頃・・・たまたま友達に誘われて・・・

逢沢  そこで逢った。そして・・・

育子  帰りにダンスホールに行く事になり・・・驚いたわ・・・この人はどんな人生を歩んでいるのだろうか、

    ダンスも知らずに、不器用で・・・

逢沢  そこまで言わなくてもいいではないか?

育子  だって・・・その不器用さに・・・

逢沢  武骨と不器用が私の信条・・・だから今だに民話採集に拘って・・・

育子  私も学校を辞めて・・・あなたの研究を手伝い乍ら童話を書き・・・

    さあ、あの時のように踊りましょうよ。あなた失礼ですよ、こういう時は男の方から誘うものですよ。

逢沢  忘れてしまった・・・そんなこと・・・

育子  もういいわ。・・・何がいい・・・



         育子はステレオに近づいて行きCDをかける。諏訪内晶子のバイオリーンが鳴りだす。

         少し淋しい旋律だが激しく弾かれる魂のある物だ。

         育子はうっとりとして聴いていたが、座卓に座り込んで原稿用紙に向かった。



逢沢  今日のような日にはやはりモーツアットがいいな。音が一つづつ私の心の扉をノツクしてくれるような

     ・・・。

育子  何時でもそうなのよ、あなたは・・・。私がこうだと言えばそれは違うと横槍縦槍横車・・・

逢沢  はいそうですか、ではこの十五年間顔を合わせていても心は通じなかったと思うよ。

育子  それは・・・そうだけれど・・・でも今日からは・・・

逢沢  会話の中にお隣が・・・と言うのかな。

育子  ええ、これからは、逆らわず、ハイハイと言って仕事の時間を作らなくてはと思うの。

逢沢  それはいいことだな。



         逢沢の家のバックが(ホリゾント)だんだんと夕焼けに染まっていく。

         「赤とんぼ」が流れている。

         逢沢が立ってその中に。



逢沢  (「赤とんぼ」を口ずさむ)この気配は何事にも変えがたい。此処に家を建てようと思ったのは、昔見

    た、麦藁屋根と庭に一本の柿の木が夕日に燃えるそんな幼心を感じたいからでもあったのだ。

育子  静かだからいい、私はそのように思って・・・

逢沢  そんな事だろうと思っていた・・・

育子  だって・・・何処にいてもあなたの吐息が空気を震わせて、安心なんですもの。

逢沢  綺麗なものを見ると心を洗われるようだ・・・

育子  みんな綺麗なものが好きなのよ。

逢沢  ところで、来週行く心算だったんだが、山口から島根の海岸線を歩いてみようと思うんだが・・・

育子  何時からです。

逢沢  明日にでも・・・渡りに船かな・・・駄目かな?

育子  いいえ、構いませんよ。

逢沢  お前さんも行くかい。

育子  いいえ!あなた一人で羽を伸ばしていらっしゃい。

逢沢  何を考えているんだ。

育子  なにも・・・

逢沢  私の相手は七十から八十のご老人なんだよ。

育子  何もそんな事心配していません。

逢沢  やはり最初の計画どおり・・・

育子  行ってらっしゃいませ。私は原稿の手直しを・・・もう嫌になるわ。うまいかないの・・・

逢沢  うまく行かないのか?

育子  才能がないのかしら・・・

逢沢  才能も努力の内だって言うからな。

育子  じゃーなんですか、私が努力をしていないって言うのですか?

逢沢  ワインを開けようか・・・



         逢沢は書棚のワインを取りに立った。



                       暗転



         二場



         一場から数日後。

         前場と同じ。

         明かりが入っても誰もいない。

         逢沢がテレコと大きなカバンを持って帰ってくる。



逢沢  おおい帰ったぞ!



         逢沢は育子を探し回った。

         カバンや持ち物を歩く度に落として行く。

         育子が出て来て、



育子  貴方が行った日から大変だったのよ。

逢沢  おいおい、どうしたというんだ。

育子  それがお隣の・・・

逢沢  後にしてくれないか、疲れているんだ。

育子  あなた・・・



         逢沢は寝室に消えた。

         育子は逢沢の後ろ姿へ、



    もう知りませんから、どんなことがあっても、私は知りませんからね。



         育子は逢沢の散らかした物を片付け乍ら、



育子  まあ、何と言うことでしょう。こんなに散らかして・・・たいした収穫はなかったようね。疲れて眠ってし

    まったようね。



         育子は散らかしている物を片付けながら・・・

    目が覚めたらきっと驚くわ。この一週間、私は何も出来なかった・・・私の・・・いいわ、何も考えなく夢

    の中で民話、説話の分類を・・・これは、関式・・・これは柳田國男だと・・・



         育子が原稿用紙に向かって書き始めた。

         少しずつホリゾントが夕焼けに染まり始める。

         下手にトップが下り、今までの明かりが消え

         その中に、中桐夫人と中桐氏が・・・育子がそこえ入って、



中桐  この度、お隣へ越して参りました中桐と申します。

中桐夫人  どうぞ、末長く宜しくお付き合いくださいませ、これは些少では御座いますがお納めを。

育子  これはこれはご丁寧なご挨拶恐れ入ります。こちらこそ・・・引っ越し蕎は・・・

中桐夫人  はあ・・・

育子  いいえ、お側に・・お隣に・・・誰かが側にいてくだされば心強う御座いますもの。

中桐夫人  それは・・・。あの、私どもは賑やかですので、多少のご迷惑をおかけいたすやも知れませんが

    、そこはお隣のよしみで広いお心で受けとめて頂けましたらと・・・

育子  それは・・・そばの、お隣の・・・ええ、今までが静かすぎましたもの。賑やかな方が宜しゅう御座いま

    すわ。

中桐夫人  そのように言って頂ければ有り難いことですわ。

    世の中には私達の趣味を理解してくださる方がまだまだ少なくて。

中桐  私達の趣味を理解して頂けなくて、その都度非難を受けて十回引っ越しをいたしました。

育子  十回もですか?手癖が悪いとか、悪い病気が・・・とか・・・あら・・・

中桐  私は病気持ちでしてね。

育子  何か、法定伝染病の・・・

中桐夫人  いいえ、自律神経失調症、仮面鬱病・・・その為に、その治療のための一端として・・・

中桐  ご理解を・・・あのご主人さまは・・・

育子  出張・・・いいえ、採話旅行へ・・・

中桐  さいわ・・・といいますと・・・

育子  むかし話とか、民話、伝説を・・・

中桐夫人  民俗学者なのでしょうか?

育子  まあ・・・それに、短大の講師を・・・

中桐  先生ですか?

中桐夫人  今の世には受け入れてもらえないでしょうに・・・奇特な方なのですね。

中桐  一種の病気・・・

育子  いいえ!立派な学問です。

中桐夫人  なにはともあれ、これから・・・

中桐  仲良くして頂いて・・・

中桐夫人  お付き合いを・・・

育子  こちらこそ・・・



         下手のトップが落ちて、もとの明かりへ

         育子が原稿を書いている。

         時間的にはホリゾントが夕焼けに真っ赤に染まっている。

         突然、演歌の歌声が響きわたる。

         育子は何かを耳にはめた。そして平然と原稿を書いている。

         様々な演歌がメロディとして流れる。

         声が、会話の間は音が低くなること。

         逢沢の声がする。

         「おおい!ナニがあったのだ」「喧しいぞ」

         「どうにかしてくれ、まだ、もう少し眠らせてくれ」「くだらんテレビなんか消してしまえ」      

         「一体どうなっているんだい」

         「採話が不首尾で機嫌が悪いのだぞ」

         「私が一人で行ったので意地悪をしているのか?」



         逢沢が舞台に登場する。

         叫びながら探し回るが・・・



逢沢  おい、呼んでいるのがわからんのか?



         書斎にきて育子を見て、



逢沢  おい、一体どうなっているのだい。



         育子は知らん顔。覗き込んで。



    この音が聞こえないのか?



         育子がにこにこと笑って、耳栓を摂って、逢沢に見せた。



    何だそれ・・・

育子  耳栓よ。・・・ね、わかった。私がこの一週間どれ程悩んだか、苦しんだか・・・そのことを・・・

逢沢  なにが言いたいのだ。

育子  この瞬間が現実・・・

逢沢  それはどういうことなんだ。この喧しい音は、騒音は何だ                         

育子  おとなりよ。

逢沢  となり!

育子  そうよ。

逢沢  それでは・・・

育子  カラオケ。

逢沢  なんて事だ。

育子  だからそのことを言おうとしたら、知らん振りをしたのですからね、あなたは・・・



         育子は抽き出しから耳栓を出して逢沢に渡した。それを手にして、



逢沢  それを私にしろというのか・・・

育子  そう、色々と考えたんだけど、それが一番の自衛策。これしかないのよ。

逢沢  これでは家で仕事など出来ないぞ。

育子  だからこれがいるの。してごらんなさい。

逢沢  (耳栓をして)これは・・・音が小さくなったが、お前さんとの会話も出きやしないぞ。書く時はいいとし

    ても、原稿に起こすテープを聴くときには・・・

育子  そこまで考えていません。

逢沢  毎日毎日かい。

育子  ええ、十一時頃まで続くわ。

逢沢  何と言うことだ。それで文句は言ったのだろうね。

育子  言ったわ、言ってこれ位になったのょ。前はもっとひどかったのょ。家の真ん中に大きなスピーカー

     が置かれたように。ガラス戸が揺れ、障子が鳴ったわ。なんでも特別のスピーカーなんですって、百

     万円もするんですって・・・

逢沢  感心をしている場合か。えらいことになった。

育子  お隣のご夫婦、お酒を呑んでカラオケを唄うのが好きで、お隣へ来るまでに十数回引っ越したんで

    すって・・・そう聴けば何だか強く言えなくて・・・

逢沢  おいおい、それでは私達の生活はどうなるんだい。今日だけではないのだろう。

育子  そう毎夜毎夜です。この一週間の私の生活を少しは考えてくれまして。淋しくはなかったけれど、イラ

    イラして原稿の手直しなんか一枚も出来なかったのょ。

逢沢  それでお隣はどういう職種の人なのだ。

育子  公務員で、教育委員会に勤めておいでとか。

逢沢  公務員?そんな非常識な人がいるのか。

育子  公務員だからではなくって。色々とストレスがたまる職場だから、私は元公務員だから・・・

逢沢  ふん、そうかもしれないな・・・でもこれからは何も出来なくなってしまうし、不眠症でノイローゼになっ

    て、ストレスが溜まって・・・

育子  私が考えたのは耳栓・・・

逢沢  なんとかしなくては・・・幸せの後には難が・・・



         演歌の音が一段と大きくなった。



    地震だ!

                         暗転



         三場



         二場から一週間後

         前場と同じ



         下手にトップ。他の明かりが落ちて、逢沢に

         一つの明かり。

         その中に中桐夫人が立っている。



中桐夫人  あら、増築ですの?

育子  ええ、まあ・・・この家も建てて時が過ぎましたから。少しずつ隙間やら、障子の開け締めが狂って来

     たので・・・

         逢沢が部屋で叫ぶ。



逢沢  この見栄っぱりめ。音が喧しく防音工事をしているのだと、皮肉の一つも言ってやれ。

中桐夫人  ご迷惑をおかけしておりません。

育子  それは・・・

中桐夫人  ええ、なにか・・・

育子  それよりご主人さまはどうなんですか?

中桐夫人  此所に来て良かったと、しみじみ思います。誰にも遠慮をしないで大きな声を出せますし、何よ

    りお隣の家族の方に支えられながらと感謝いたしておりますの。



         中桐夫人のトップが消えて。



         明かりが入っると、逢沢がイライラ歩き回っている。

         育子はのんびりと本を読んでいる。



逢沢  最近、音が大きくなったように思わないか?

    防音工事が完成してから余計に音が耳に届くようになったぞ。(育子を見て)

    女は強いよ。どんな環境にも順応できて・・・。

    この地球が滅びても、女だけはひつこく、厚かましく、図々しく、嗚呼、それに引き替え男は・・・

育子  なにを言ってらっしゃるの。何度そのことを口に出せば貴方の思いから履き捨てる事が出来るのか

    しら。

    もうなるようにしかならない、その定めに従う勇気をもちましょうよ。

逢沢  後免だ、嫌だ、引っ越そう・・・耐えられない、こんな生活は・・・

育子  ものは考え様よ。今までの生活を変えて、耳栓をしてお隣がカラオケを唄うときから寝室に入り、お

    日様が上がる前に起きて、原稿を書き、テープから採話を興して・・・貴方は大学へ、私は昼間に原稿

    を書き、一週間に一度は町に出て洒落たフレンチレストランで・・・という具合に・・・

逢沢  やはり、引っ越そう・・・もう耐えられない・・・

育子  今そんな事をしたら、お隣に当付けになるわ。

    ご主人の病気にはカラオケが一番いいんですって・・・

逢沢  だったらここの主人はどうなんだ。病気になってもいいのか?

育子  そうは言っていません。とにかく、もう一度話してみますから・・・貴方からも何か言って・・・

逢沢  それが嫌だから・・・

育子  いつもそう、ご自分ではなにもしなくて、私に・・・

逢沢  それにしても、お隣さんはよく続くものだね。

育子  ねえ、出来るだけ辛抱をして、時が解決してくれるわ・・・

逢沢  防音工事の事を言ったのか・・・

育子  ええ。

逢沢  なんで・・・お前って奴は・・・

育子  分かるのよ。わたし・・・

逢沢  なにが・・・

育子  あのご夫婦に子供でもいれば・・・

逢沢  子供・・・それでは私達はどうなんだ・・・

育子  それは、私達は話を集めたり、童話を書いたり・・・。そ れが子供のように手が掛かるでしょう・・・で

     もあのご夫婦にはなにもないのですもの。

逢沢  それにしても、一度医者に行って来いよ。

育子  大丈夫・・・

逢沢  お前は、そんなにお喋りだったのか、その事をあらためて知ったよ。

育子  私も・・・貴方が・・・こんなに多弁だったとは・・・

    何だか・・・色々あるけれど、楽しいわ・・・



         隣から音が響き始めた。



逢沢  始まったぞ、今日は震度は何度だ。



                        暗転



         四場



         三場から二ヵ月が過ぎる。

         前場と同じ



         逢沢が帰ってくる。

         育子が転がるように出てきて、



育子  あなた、大変!

逢沢  なにがあったのだ。お隣と喧嘩でもしたのか?二百万もするスピーカーでも買ったのか?

育子  子供・・・

逢沢  こども・・・

育子  できた!



         隣の音響が大きくなる。



                        幕



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